2010年11月29日
プロセス型アプローチの重要性
今日はプロセス型アプローチの重要性についてお話します。1960年代のアメリカでは企業の事業計画の作成を本社スタッフが作成し、
現場に実行を促す、半ば強制にも近い運営管理を行っていました。
計画作成は分析型アプローチが中心で定量的な数値を基準にして
プッシュシステムで当初決めた計画を実行していくことが絶対的正解
との風潮でした。
その副作用として発生したのは現場は経営企画室で出来上がった
計画に沿って行動することを強く求められるようになり、
結果として現場で起こる諸問題につき創意工夫することをやめてしまい
官僚主義が蔓延し軟弱の組織へと変貌してしまったのです。
そんな折、センセーショナルな事柄をアメリカにてアメリカ人が
目の当たりにする旋風を巻き起こしたの言わずもがなの日本企業です。
なかでも有名なエピソードは「ホンダ」の販売活動から発生した
プロセス型アプローチです。
1950年後半にアメリカ進出したホンダは当初どのような戦略で
どのような顧客にどうやってアプローチしていいのか相当苦慮し、
試行錯誤を繰り返しながら活動することになります。
しかし、これが当時の日本人の発想でしょうか、熟考もさることながら
「行動しろ!考えるのと行動するのとは同時に行え!走りながら考えろ!」
と常に動きまわることを重視した営業活動を地道にかつ目一杯行ったのです。
当時の分析型アプローチが主流のアメリカでは、ホンダの行動はずいぶん
無駄の多いものに感じられたはずです。
ホンダの営業マンたちは経費削減のため訪問先から次の訪問先まで
いつもホンダの50ccバイクで移動し大型バイク(当時のアメリカではバイクは
ハーレーに代表される大型車が当たり前)の販売を行おうとしていたのです。
ただ日本製の大型バイクは全くというほど売れませんでした。
ところがどうでしょう!
縦横無尽にはしまわるホンダ営業マンが経費削減のために利用していた
"道具"にアメリカの大学生を中心に注目が集まってきたのです。
そうです!
これが皆様もご存じの「ホンダスーパーカブ」旋風の始まりです。
アメリカで大ヒットとなったこの商品がなければもしかすると現在の
ホンダの栄光はなかったかもしれません。
スーパーカブの二五〇ドルというリーズナブルな価格は、大学生が
小遣いを貯めたり、ローンを組んでも買える価格だったため、彼らの
キャンパス間の移動用として注目され、一九六一年五月の月間
販売台数は念願だった一千台を突破したほどであった。
この事実は、当初は思いもよらない棚から牡丹餅であったことは
否めないが、スーパーカブが商品として注目され始めてからは
ホンダの戦略は素晴らしかった。
当時のアメリカではバイク販売店の印象は必ずしもよいものではなく
整備現場が汚らしく暗いイメージであった。
ホンダはそれを一新した。
販売員は全員ネクタイを締め、修理工は全員純白の作業着を身に着け
いつも清潔でさわやかのイメージを消費者に与えた。
前述の低価格も奏功して若いおしゃれな若者のスタンダード
となって行ったのです。
このように事業計画は企業の進むビジョンに向かっての羅針盤に
なるものなので必ず作成すべきですし非常に重要なものです。
ただし、行動上の事柄、リッチな情報、障害、反省等の物事を
当然に直面する学習の機会ととらえプロセス型でアプローチする
創発行動こそが組織にノウハウ等の知的資産を蓄積させ貴重な
経営資源となって組織の大きな力となるのです。
2010年11月05日
需要を作る
弊社は大阪の西区というところで事務所を営んでおりますが全国各地いろんなところから相談が来ます。
特にご要望に基づき工場視察等を兼ねて顧客訪問させていただく折に
地方都市の現状(特に駅前商店街)を目の当たりにして
愕然とすることもしばしばです。
空き店舗が散見し人通りもなく本当に寒々とした様相で
いつか需要が回復しまた活気ある街並みに復帰すること
などはほとんど期待できないのではと感じてしまいます。
そんな中、ワンストップサービスをキーワードに地方各地で共同店舗の試みを
実施しています。
これは、有志で募った店舗経営者が商圏拡大を目指し
あらゆる業種の店舗を連ねることで訪れた顧客がワンストップで必要なものを
楽しみながら(いろんな店舗を回って)買い物ができることでその商店街に
ロイヤルティを持ってもらいリターン顧客を増やしていこうとする試みです。
商品仕入れは共同で行い大量仕入れによりコストを下げる。
また、ライン強化をはかれることで商圏拡大度を大きくし
需要増大を 望むというコンセプトは間違っていないのですが、
残念ながら こういったPJはほとんどうまく機能していません。
なぜなら売れる店舗売れない店舗の差が如実に表れることで
しだいに足並みがそろわなくなってくるのもひとつの要因です。
しかし、それよりも一番大きな問題は鳴り物入りでオープンしたのはいいが
結局、栄えたのはオープン当初の短期間のみで需要不足(珍しいもの好きの
顧客を少し呼んだだけ)が発生し企画倒れに終わり負債だけが残って
しまったということになってしまっているケースが多いのです。
ではどうすればよかったのでしょうか?
理由は一つだけではありませんしそんな簡単単純な話でもありません。
しかし、一番大きな失敗はせっかくのPJもCS(Customer Satisfaction)
の視点が抜け落ちていることです。
計画はいいのですが上記の例は供給側の視点のみで需要側が何を望んでいるか はあまり考慮に入れられていないと言わざるを得ません。
だから、せっかくオープン当初は来店客にて賑わいを作ることに成功したのに
念願のリターンを得ることができなかったということです。
ここで紹介したいのは、私が手にしたある文献の内容です。
そこには東京都品川区にある中延商店街の試みである「街のコンセルジェ」構想に ついて記されていました。
これは、商店街をどのように生まれ変わらせるかを完全に需要者側の立場に立って 作り上げていく手法です。
文字通り「街のコンセルジェ」として当初は店舗を埋めずに
顧客の要望を聞くことにした。
地域住民からは利便性の良いところに他商店街等があり、買い物にはあまり困らない ので通常商店街でしていないサービスを行ってほしいとのことであった。
30〜40代の主婦からは子供の送り迎えの際に留守番をしてほしい。
一人暮らしのお年寄りからは、家に来て料理を作ってほしい。
話し相手をしてほしい。
不器用な方からは電球を取り換えてほしい。
飲食経営者にはプロが教える料理教室を開いてほしい。
等々いろいろなサービスへの要望が出た。
「街のコンセルジェ」では、こうしたサービスに対応できる商店主や顧客が要望に 応えるサービスを提供し地域住民との間で強固な関係を構築していった。
要望サービスから派生した提案サービスの数が増え
需要増加につながっていった。
多様化するサービス要望にもサービス提供者が組織化され、 更に支払いは地域通貨で行われるようになり即座に要望にこたえられるようになった。
リピート来街者から商店街にこのような店がこのようなサービスを行ってくれたら 我々は利用する。という声も次から次と出てきた。
これは正に顧客重視を徹底した結果、需要を作りそれに対応するべく自然発生的に 供給を作るということに成功した顕著な例である。
コトラーいわくマーケティングの最終目標はセールスをなくすこと。
というように計画は重要であるが計画通りに進捗していることが目標になってしまい 本来の顧客満足の追求による需要創設がないがしろになってしまっては 本末転倒となります。
偶発的に起こった事象に対してその都度学び新たなアイディア創造する創発戦略こそ 21世紀型マーケティングなのです。

